アテネに着いて、それでもまだまだ時間は早かった。ついでにマラトンにも行こうと思い、マラトン行きのバス停に向かった。マラトンとは、あのマラソン発祥の地である。本当にギリシアはスポーツにゆかりのある土地が多い。
マラトンは、紀元前490年にアテネを攻撃しようとしたペルシア帝国の遠征軍をギリシア人とプラタイア人の連合軍が迎え撃ち、ギリシア軍側が勝利を収めた“マラトンの戦い”で有名になった場所である。
このマラトンの戦いの勝利をアテネに伝えるため、一人の兵士がアテネまで走り「我ら勝てり」と伝え、そのすぐ後に亡くなったという故事がある。この功績を記念して、第1回オリンピック大会にアテネーマラトン間の約40qのマラソン競技が行なわれたという。
私はめっぽうマラソンが苦手だが、とても馴染みのある地名だし歴史の舞台でもあり、マラソン発祥の地ともなったマラトンをぜひともこの目で見てこようと思った。
マラトンまでは、バスで1時間くらい。マラトンへ行くためのバスは、アテネ考古学博物館の北にあるMavromateon St.というところから出ている。ダフニから帰って来て、このバス停へ移動し、次のバスが来るのをぼんやり待っていた。
バスを待っている際、パキスタンから働きに来ているというパキスタン人のお兄さんと色々おしゃべりをした。彼はマラトン近くの町に住んでいる従兄弟の家に遊びに行くという。
バスに乗り込み、途中で私の隣の席が空いたら、あのパキスタンのお兄さんが私の隣に移動してきた。そしてまた色々おしゃべり。私がマラトンに行くというと、マラトンのことを色々説明してくれた上、自分がマラトンを案内してくれるとまで言ってきてくれた。
悪いとは思ったがお兄さんが強く勧めてくれたので、お言葉に甘えてマラトンを一緒に歩くことにした。ここでもまた、私が前日タクシー運転手にお金を取られた話をすると(まだ怒りがおさまっていなかったため、会う人会う人ごとに話をしていた。かなりしつこい私)、昨日のギリシア海軍のお兄さんと同じ様に、同じギリシアに住んでいる者として本当に申し訳ないし腹立たしいと本気で怒っていた。いやー、ギリシアの人たちは親切だし熱い心をお持ちだと関心した。

マラトンに着いてから、色々案内してくれたのはもちろんだが、お金を取られてかわいそうだと思ったのか、売店で私にお菓子を買ってくれたり、お土産まで買ってくれようとしたり、残りの旅行のためにお金まで貸してくれると申し出てくれたのだ!!まったく関係のないパキスタンのお兄さんにお土産を買ってもらったり、お金を借りるわけにはいかないので、慌ててお断りしたが、その優しさが本当に嬉しかった。私は果たして見ず知らずの外国人に、ここまで親切にできるだろうか?
実際のマラトンの古戦場は、マラトンの町の手前3qほどのところにある。そこには戦死者を葬った塚があるくらいで、特に他に何かあるわけでもない、静かで小さな町であった。

パキスタンのお兄さんとあれこれ話をしながら、マラトンの静かな町を歩き、それから私はまたアテネに帰ることにした。
それにしても、従兄弟の家に遊びに行くはずだったお兄さん、私のために時間を割いてくれ、しかも色々親切にしてくれて本当にありがとう!!お兄さんとは日本に帰って来てから数回だったか手紙のやり取りをした。私がギリシアに帰って来てから1〜2年後、アテネを大地震が襲った。地震のニュース見た時、私に親切にしてくれたたくさんの人々のことが私の頭の中をよぎった。アテネで住所を知っているのはあのパキスタンのお兄さんだけだから、すぐお兄さんへ安否の確認をするため手紙を出した。
幸いなことにお兄さんは無事だったが、やっぱり大変だったらしい。最近はめっきり手紙の交換はしていないが、お兄さんは相変わらず元気にアテネで働いているのだろうか。それとももうパキスタンに帰ったのだろうか。ギリシアで私が出会ったたくさんの親切な人たちが、今も幸せに暮らしていることを心から願っている。

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